// 発言者(13名)
// 発言(59件)

それでは、ただいまから、建設委員会を開会いたします。 署名委員に、牧野委員、神尾委員、お願いをいたします。 武藤学校建設技術課長より、所用により欠席との連絡がありましたので、ご報告をいたします。 本日は、所管事務調査にてプロジェクターを使用し、その際、正副委員長席を左右に移動します。したがいまして、委員の皆様にはあらかじめ座席を一つずつずらして着席していただいておりますので、ご了承のほどお願いをいたします。 次に、4月1日付で人事異動のありました幹部職員の紹介を執行部よりお願いをいたします。 はじめに、都市開発部、お願いいたします。
4月1日付で人事異動のありました都市開発部の幹部職員をご紹介させていただきます。 市街地開発課長、松丸雄一です。
松丸と申します。よろしくお願いいたします。
学校建設技術課長は武藤 剛でございますが、現在、私が学校建設技術課長事務取扱をさせていただいております。

次に、土木部、お願いします。
土木部で4月に異動になりました幹部職員をご紹介させていただきます。 まずはじめに、私、土木部長を拝命させていただきました、大竹則之です。よろしくお願いします。 計画調整課長、本多吉成です。
本多でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
施設管理課長、多賀美代です。
多賀でございます。よろしくお願いいたします。
街路橋梁課長、藤川則和です。
藤川です。どうぞよろしくお願いします。
区画整理課長、千葉慎也です。
千葉でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
幹部職員につきましては、以上でございます。 係長級の職員につきましては、名簿に代えさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。 今お話にありましたとおり、係長級の職員についてはお手元に配付しております機構一覧をご覧いただきたいと思います。 これより、陳情の審査に入りますが、次回は現委員による任期最後の委員会であり、本日までの審査経過をまとめた概要を委員会で確認し、次期の委員会へ引き継ぎます。したがいまして、本日が陳情審査の最後となりますので、本日は新たな資料要求は受けませんので、あらかじめご了承願います。 それでは、陳情の審査に入ります。 第49号の4、区政等に関する陳情について審査願います。 〔「なし」と呼ぶ者あり〕

特にないようでしたら、本日は継続としたいと思いますが、よろしいでしょうか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

それでは、そのようにいたします。 以上で、本日の陳情審査を終わります。 次に、本日の所管事務調査についてですが、既にご案内のとおり、「土地区画整理事業のあゆみ」について調査案件とし、土木部から説明を受けたいと思いますので、よろしくお願いをいたします。 それでは、正副委員長の席を左右に移動します。 〔正副委員長移動〕
それでは、始めさせていただきます。 まず、土地区画整理事業の変遷ということでご説明したいと思います。 土地区画整理事業の前段として、耕地整理と土地改良という事業がございました。まず、耕地整理につきましては、土地の農業上の利用増進を目的として行った事業となっています。本区では28組合が設立されて、1,530ヘクタールを整備をしているというような状況です。 続いて、土地改良、農業の生産性の向上や拡大を図る目的で行われております。昭和27年から江戸川区土地改良組合が始まりまして、約740弱の土地改良が実施されたということになります。 この事業が行われたことによって都市基盤が一定程度なされたということが言えると思います。 ということで、こういった白抜きのところが区画整理もやっていない状況でありますので、おのずと道路が狭かったり行き止まりだったりというところが表れているかというふうに思います。 その後に、土地区画整理事業ということになるのですが、その前段として土地区画整理事業を施行すべき区域ということが設定をされています。 これは、特別区の周辺に指定されていた緑地地域の廃止を受けまして、昭和40年と44年に都市計画決定をされたということになってございます。この都市計画では、公園や道路の基盤整備をされた良好な土地形成を図るために行うということで定められています。 当初、このような形で小さい、葛飾のほうとの接点のところも含めまして、四つほど都市計画決定をされているということでございまして、南のほう、こちらについては昭和40年に江戸川南部として都市計画決定をされておりまして、春江、篠崎、これは葛飾細田町付近ということで、この三つが昭和44年に都市計画決定をされたということになります。 この歴史についてひも解きますと、まず東京の大公園というところで設定がございまして、まず江戸時代の社寺境内地などを転用して上野や浅草などの公園ができました。その後、明治時代に入りまして、市区改正事業によって日比谷公園ができました。その後、戦後、帝都復興事業として隅田、錦糸、浜町公園というのができております。この後、昭和の戦前期ということで6か所の都市計画緑地ということが設定をされています。その中に本区の篠崎公園が設定をされているということになってございます。 その後、1932年に東京緑地計画協議会というのが設置をされまして、この緑地について審議をされたということで、大都市の無秩序な拡大の防止や衛星都市の建設、グリーンベルトの必要性などを協議をしていたということになります。 このときに初めて緑地という言葉が公式に使われたと言われています。 これが当時の緑地の計画になりまして、そのときに東京市になりますが、23区の周りに都市計画緑地の区域として指定をされております。 その後、こういった形で、今度は東京緑地計画ということで、こちら江戸川区になりますが、江戸川区の周辺、ちょっと出っ張っているところが篠崎公園に当たる部分だと思われますが、環状緑地帯として設定をされているということになります。この当時、先ほど大規模の緑地ということで、この6か所の写真になりますが、特に篠崎公園につきましても篠崎緑地ということで緑地化をされたということになります。 その後、戦争が終結しまして、食料不足に悩まされた時代になりまして、当初これだけの面積を買収しておりました。特に、篠崎公園は154.2ヘクタールを既に買収をしていたという状況でございますが、食糧難によって農地として食糧を作るということで農地解放がありまして137.5ヘクタールが解放されたということで、そのうち16.6ヘクタールだけが緑地として残されたという経緯があります。 この解放の前にも、空き地ということで芋畑に使われていたということから、そういった食糧難に対応してきたという経緯がございます。 その後、緑地計画の中で、過大都市防止対策としての緩和地帯だとか、緑地地域の指定ということで指定されましたが、先ほど申し上げましたとおり、区内は4か所の区画整理すべき区域として都市計画をされたというような状況です。 最終的な緑地の形状になりますが、このような形で緑地を指定されたのが最後となります。 その後、大都市にどんどん人口が集まってきて宅地化をされてしまったということから、緑地についても無秩序な形でいわゆるミニ開発が行われて宅地化されてきたという状況がございましたので、何とか宅地に転用できないかということがありまして、ならばということで緑地を廃止をして区画整理をして都市基盤を整備すればいいでしょうということで、緑地の部分を区画整理すべきとして決定されたものになります。 これは当初のものになりますが、現状では、そのうち区画整理事業を行ったり、いわゆる地区計画によってのまちづくりが行われたところになりますので、そういったことを除外をしてきているような状況です。手続きはまだのところもありますが、こういったことでまちづくりをしてきたというのが現状となっています。 区画整理すべき区域ということで、区画整理事業を前提としていたのですけれども、平成14年3月に「周辺区部における土地区画整理事業を施行すべき区域の市街地整備のためのガイドライン」というのができまして、区画整理のみで行うことではなく、ほかの手法に基づいたものでも、要は都市基盤が一定程度できていれば、そういったことを水準に達した地域で見直しをして解除しているというような状況でまちづくりを進めてきておるところでございます。 区画整理の部分になりますけれども、区画整理事業とは、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るために行っている事業となります。 公共施行と組合施行など、民間でやる事業等がありますが、公共事業に関しては、この上の部分、整備改善のほうに重きを置いているような形で民間で行われる組合だとか、個人施行などは宅地利用の増進などを主にやっているということで、目的は一緒ですけれども、この割合が違ってくるようなことも考えられています。そういったことから都市計画の母というふうにも呼ばれています。今の時代にそぐってないのかもしれませんが、父でも母でもいいのかなというふうに思います。 この区内で行われている事業に関しての一覧は、こちらは皆さんいろいろなところでご存じかと思いますが、江戸川区の南部につきましては組合施行が中心になってきております。都営新宿線の駅に関しては、行政施行ということが中心でやってきております。 先ほど申し上げました、土地区画整理の施行者となるべき方々が大きく六つに分かれておりまして、区内ではこの上の個人施行を行ったり、組合、それから、行政施行で都や区が施行しているような状況になってございます。 これが一覧表ということで、見にくいのですが、今まで30地区の事業を行っているというような状況です。 資料についてはお配りはしていないのですが、もし必要であれば後ほど配らせていただきたいと思いますので、ご希望あれば申し上げていただければと思います。今日はこちらで勘弁していただいて。 まず最初に、組合施行の整理ということで13地区をやっております。 近年の4つの事業をご紹介をしていきたいと思っています。 葛西地区になります。面積は93ヘクタール、事業費167億円。減歩率が約26%ということになってございます。 この減歩率が高いのは、先ほど申し上げた目的が宅地利用の増進のほうが強いものですから、そういったことで減歩率が多くなっているというようなこともございます。 これが、従前の航空写真でございまして、見ていただくと分かるとおり農地等が多くあります。もとあった雷通りとか周辺の道路に宅地が張りついているような状況が見て取れるかと思います。このときの計画は、東西線が走る環七、それから、放射16号を走る清砂大橋通りというような計画がございましたので、計画に沿ってこの区画整理事業も進めてきたということになります。 これが完成で、やはり環七ができたり清砂大橋ができたり東西線が走って駅が出来上がっているような状況でございます。 少し写真があったのでお持ちしましたけれども、これは中葛西八丁目の当時の写真です。このような状況が、今このような形で道路幅員も広がったり、建物の更新もあって、現在に至っているような状況でございます。 また、駅の東側だと思うのですけれども、後ろに電車走っていますけれども、そんなときもまだこういった牧場みたいなものが存在していた状況でございます。 これが現在の葛西駅です。環七のところから撮ったものになりますが、現位置としてはここら辺手前から撮っているということで一定程度、出来上がって駅のところを開発しているようなときの写真になります。この鉄道も敷地に関しては組合で拠出して東西線を引っ張ってきたということもありますので、そういったまちづくりに地元の方々が貢献されてきたということが分かるかと思います。 これが現在の駅前広場の状況ということになります。 続いて、東葛西になります。38.9ヘクタール、約84億円の事業費ということで、こちらも28%強という形で減歩のほうが多くなってございます。 左側が従前の写真ということで、やはり農地的な空地が多かったですね。こちら日本ロールという工場があったのですが、現在、アリオだとか島忠なんかのショッピングセンターみたいな形での整備を行っています。 ここも289号線という道路がなかったものを、こちらの事業で生み出していただいたということになります。 特徴的なのが、この中で小学校が不足していたということであって、用地は区のほうでそれぞれの場所で買って、それを集約していただいたということで、学校用地を造っていただいて建設に至ったという経緯もございます。 また、この北側にあるコミュニティ会館の用地も組合で出していただいた結果、建設ができているというような状況でございます。その北側に公園も造ってございますが、その公園についても整備をしていただいて、その中に記念碑等も鎮座させていただいているような状況でございます。 特徴あるところを二つご紹介したいのですが、小岩陣地地区というところで面積が12.3ヘクタールで事業費が4,000万円しかかかっていないというところが特徴になります。また、事業期間も54年の1月から9月ということで8か月ぐらいで完了しているような事業になります。 これは、場所的には柴又街道がございまして、ここのエリアになっていきます。小岩二中がここになっている状況です。 こちらが当時の写真で、右側が区画整理の終わった状況なのですが、これが学校用地で小岩二中になっています。ここ真ん中に柴又街道があるというような状況で、戦前の資料があったものですから、ちょっと拝借をいたしまして、これ高射砲の陣地になっています。ここが兵舎ということで、当時軍に接収されて、高射砲の陣地ということで当時使われていたということになります。戦後、それは元の地主に返されたのですが、当然、現地が分からない状況で、どんどん住み着いてしまった形になっていまして、要は、戦前の登記と現地が一致しないというようなことになっています。それを解消するために、現状の利用状況に応じて、区画整理に事業を入れて、併せて登記を直したということで、こんな事業の使われ方も区画整理の方法で使われています。ここを事業のエリアに入っていないのですが、都住になっています。ここがもともと兵舎として使われた場所になったりしています。 当時の写真見つけたのですが、これがまだ昭和52年は高射砲の陣地の基礎の部分がまだ残っていたというのはございます。 また、令和2年に、小岩第二中学校の改築の際に、これ高射砲の一部が出てきたということになります。 これ、砲身が短いのは、当初GHQが、もう使えないように切られてしまったので、こんなものがまだ埋まって出てきたというのがあります。当時、この区画整理も事業費ありませんので、こういったスクラップを処分して事業費に充てていたというふうに聞いてございます。 もう一つ、同じような形に西篠崎の地区ということで、地籍整備型という、小岩のときにはなかったのですが、新しい制度というか、方針ができまして、こういった形の呼び名になっております。面積も3ヘクタール弱、それから、やはり現地を動かさないでやりますので、9,000万円程度で終わっています。 こちらは、赤いところが西篠崎地区、一部篠崎公園の部分がかかっていたのですね。この公図が混乱しているので、登記上の地主と現地が一致しないので買収ができなかった状況になりますので、その前段で区画整理事業によってその公図混乱を解消して都市計画事業の前段をここでやって、こちらの買収に至るような整備の仕方というのがこの地籍整備型という指標になっています。この混乱の背景ですけれども、戦時中に陸軍が、言われているのが土砂の採掘場として接収されたといいますが、地元の方たちに聞くと飛行場を造るためにやったんだという、お話聞いております。そういう説もございます。その後、戦後、払い下げをして行ったのですけれども、現地と違うような整備が、整地工事ということで、昭和41年になされています。そのなされた後に、公図の整理をしなかったものですから、現地と公図が一致しないということがあって残っています。 その当時の写真なのですが、昭和22年でこんなような状況で道路もあったのですが、宅地造成をした後ですと道路が変わっている位置にあって、だんだん家が建ち並んできているような状況が分かるかと思います。 これが現地の状況の写真なのですが、公図を重ねると、道路があるところになかったりということで、これだけずれていたものですから、現地に合わせた登記を区画整理事業によって行ったという事例になっています。 このように、区画整理も単純に公共整備するということだけではなくて、いろいろな手法で使われてきているという事例をご紹介させていただきました。 それから、葛西沖につきまして、これ東京都の施行ということで行っています。こちらについては面積が約380ヘクタール、事業費が927億円強ということで行っています。 これは当初、これが海岸堤というのがございまして、こちらのエリアを埋め立てて事業を行ったということで、経緯につきましては、もともと水没のところに民有地があったということもあって、そこのところを直すような形での当初の計画があった中で始まった事業ということで、最終的には都が事業を引き取って行ったということで現在の整備ということになっています。 一部、旧護岸のところ、遺構として残しておりますので、こちらもご覧になったかと思いますが。 これが航空写真の推移ということで、もともとうっすらと干潮のときに引いて出てきたりということもあったようですが、随時埋め立てて整備をして現在の形になっております。 今行っている江戸川区施行の区画整理ということで2地区に現在進行形のところだけ紹介をさせていただきたいと思います。 まず、篠崎駅西部地区ということで、こちらの連鎖型土地区画整理事業というのを採用しておりまして、全体一遍にやるのではなく協議が調ったところから随時進めていくということでやっております。最終的には五つに分けた事業化ということで行っておりまして、四つの事業については換地処分まで終わっておりまして、第五期地区の最後の地区につきましては3月28日に事業決定をしたというところで現在進めているところです。 篠崎駅周辺の区画整理ということで、青いところは都施行でやって黄色いところが区でやるということで仕分けをして進めてきたところでございまして、都施行のほうはもう終わっている状況でございます。当初、篠崎駅西部地区まちづくり協議会というのが地元の発意で設定されまして、いろいろな総会とか部会、それからそれぞれの街区ごとの説明だとかいろいろな協議をしまして方針を定めております。 もともと土地改良で行われた事業ですので、外周道路が出来上がっておりますので、それを活かすということ。それから、その後、その街区の中で行き止まりの市道を造って開発されてきたので、その市道を活かしながら公道に置き換えて行き止まりを解消していくような方向で行っています。また、共同化の事業なんかも導入をして実施されてきた状況でございます。 こちらが五つに分けたところでございまして、一つは今、篠崎駅の部分が西口の出入口ができましたが、文化プラザも使って開発型の区画整理をやっています。 また、この上四地区については、先ほど申し上げました密集がかなりで、普通の区画整理がちょっとできないということもあって、共同化に参加をする方々を募って、共同化をつくることによって、道路を減らすことによってこの事業が成り立ったような状況でございます。 こちら2班地区、四期地区につきましては修復型、私道と私道をつなぎながら整備をするような事業を進めてきて完了しています。 この最後の6ブロックの第五期地区についても修復型で今後進めていくというような状況になってございまして、今までの経緯ですと、最後に残ってしまったので合意形成が図れなかった部分もあるのですが、まずは移転対象となる方にアンケートを行ったり、路地別、街区別説明会を行いながら進めてきて事業決定に至ったというところでございます。 今後は、いろいろな法的な手続きを踏みまして、事業のほうを来年度から仮換地指定や工事ということになってまいります。最終的には換地処分を令和13年に終わらせて、清算金の処理ということで考えてございます。 あとは、上篠崎一丁目北部地区ということで、4ヘクタール減歩率3.6%ということで進めておりまして、これは高規格堤防と併せた事業ということでいろいろ審議していただいているので中身は割愛しますけれども、完成イメージはこういった形でのものになっていまして、五つの事業で成り立っておりますので、区画整理、それから主に288号線、それから緑地の整備ということで区のほうが施行になっております。 こんな形で今現状行っていまして、この赤いところを今行っているというような状況で、段階的に盛り土工事、それから道路の築造工事、宅地造成工事などを行っていくようなこととなっています。 これが篠崎第二小学校の屋上から、赤いところの三角形の部分のところを盛り土工事を進めているような状況でございまして、今年度の終わりに盛り土工事を完成する予定でございまして、その後、道路築造等の造成工事に入っていく予定でございます。 これは先々代の区長からのお言葉なのですが、どんなに科学が発達しても人の力で銅を銀に、銀を金に変えることはできないが、区画整理は、まちを金に変えることができるということで、江戸川区、かなり土地区画整理事業を進めてまいりました。今後も随時進めていきたいというふうに考えてございます。 早口で申し訳ないのですが、以上でございます。

ご説明ありがとうございました。 それでは、ご質問がありましたらこのスクリーンを使いながらご答弁いただきたいと思いますので、このままの形で進めさせていただきたいと思います。 ご質問ありましたらお願いいたします。

今、区画整理事業についてお伺いしたのですけれども、これから江戸川区で区画整理事業をやろうとしたときに、一つの地区に、どのぐらいの期間がかかるのでしょうか。
なかなか一概に難しいところでございますが、まずは合意形成を取らなければいけないというところがございますので、そこに一定程度のお時間がかかると思います。 早くても3年ぐらいはかかるのかなとは思いますが、場合によっては5年とか10年かかっているところもございますので、それはそのときの状況によって大きく変わってくると思います。それが順調にいって、一定程度の合意形成のほうを図れれば、あとは工事の規模に応じて随時やっていけるような状況になりますので、あとは面積というのですか、広さに応じた工事のボリュームで進めていきますので、昔の区画整理でいくと、おおむね現場が始まると10年か15年で一つの事業が完了しているかなというふうに認識はしますが、これはいろいろな場所場所によって変わってくると思いますので、そんな状況かなと思います。

すると、やはり合意形成の特に一番重要なことで、それができてしまえば、あと、その面積に応じて期間が大体決まってくるということで理解してもよろしいでしょうか。
そのとおりなのですが、100%合意というのはなかなか難しいものですから、合意を得られない場所をやるには、さらにまた時間かかる可能性もありますので、現場現場によって変わってくるかなと思いますが、やはり一番大切なのは今おっしゃっていただいたとおり、出だしのところで合意形成一定程度いただかないとなかなか進めないものですから、そこに力を入れていくというのが進め方かなというふうに認識をしております。

西篠崎とか、小岩陣地だとかの区画整理の内容というのが、公図を整理したりという、そういうやり方もあるということで大変学びになりました。 これまでの江戸川区としての区画整理ということで、最後のほうで篠崎駅西部の連鎖型の紹介がありましたけれども、このまちづくりの過程で、地元発意でまちづくり協議会が立ち上がってというお話がありましたけれども、先ほど説明の中で、篠崎駅の東西で区が関わる部分と都施行で行った部分があるというご紹介でしたけれども、この都施行で行った区画整理の部分での流れとしては、同様にまちづくり協議会というような形を取って行ったのかどうか、そのあたりはどうだったのかをお聞きしたいのですが。
ちょっと記憶ですけれども、それは協議会が立ち上がったというのはあんまり聞いていないですけれども、ただ、地元の方とお話合いをしたというのはもちろんやっていて、合意形成を図ったというふうに思いますが、その協議会そのものというのは、ちょっと記憶にはございません。すみません。

お聞きしたのは、今、東京都が高台まちづくりという視点で、篠崎の新たなエリア、都県橋のエリアにおいて区画整理を用いて高規格堤防とも一体で高台まちづくりを進めるということをかなり積極的に打ち出してきているという中で、やはり地元の住民の皆さんがどのように関与していくか、やはりお住まいになっている方々がどういう意識にあるかというところを抜きにしては、やはりこういうまちづくりは進められないと思いますので、どういう過程を取っていくのかという意味で、過去はどうだったのかということをお聞きしたところです。 関連して、東京都が都県橋のエリアでこういうやり方で進めたらどうかということで例示している中に、1回移転ということを例示しています。1回移転だから住民負担も減らせるのだというような、そういうロジックになっているようですけれども、この1回移転については、現在の区画整理法の中で可能なものであるのか、法改正をするような必要があるのか。今の法の中で可能であれば、何をもって可能とするのか、そのあたりを確認をさせてください。
まず、法改正は必要ないというふうに考えています。これはただ、基本は照応の原則といって、現地付近に換地するというのが原則でありますけれども、そのほかに申出によってその申出を受けるという制度がございますので、それによって違う場所に移転をしたいという方、ご希望があってそちらに移転をしていただくということも可能でありますので、そういった手法を使って、いわゆる直接移転と申し上げていますが、そういったものも活用しながら進めていくということで考えております。

申出を受けるという形を取るという、そういう制度が現行でもあるという話ですけれども、もう一点だけ確認で、この上篠崎の区画整理において、飛び換地というふうによく言われていましたけれども、この手法を取った点については、これも申出によると今おっしゃられたことの具体化であったのか、そのことの確認をさせてください。
そのとおりでございます。

先ほどもこのまちづくりの在り方ということで意見を言わせていただきましたけれども、上篠崎でも、最終的には申出という形式を取られたんだと思いますけれども、やはり権利者の方からすると複雑な思いを持って移転をされたということが、やはりこの間、私もお話を聞いたりする中で感じているところです。新たな都県橋のエリアで区画整理と一体で行うという点において、やはりそういう課題がまだまだある中での実施になるということでは、やはり住民を置き去りにしてはいけないということでのまちづくりの在り方そのものを見つめ直す必要があると私たちは考えています。

それでは、以上で本日の案件を終了します。 正副委員長の席を元に戻します。 〔正副委員長移動〕

他になければ、所管事務調査については、本日は継続としたいと思いますが、よろしいでしょうか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

それでは、そのようにいたします。 以上で、本日の所管事務調査を終了いたします。 次に、執行部報告がありますので、お願いをいたします。 はじめに、都市開発部、お願いいたします。
私から2点ご報告させていただきます。 1点目が、下小岩小学校の新校舎の竣工についてでございます。 令和5年7月から新たな校舎の建設に着手しておりましたが、昨年度末をもちまして校舎の工事は終わったということで、この新年度から子どもたちも新たな学校で学校活動のほうを始めたという報告でございます。 施設の概略ですけれども、床面積は約8,000平米程度の学校でして、構造規模は鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造の地上5階建てでございます。 特徴としては、この学校、江戸川区が所有する公共施設、建物の中で初めてZEB Readyの認証を取得した建築物となります。この令和7年4月1日から児童463人、17学級ということで新たな下小岩小学校、新校舎を利用しての授業がスタートしたところでございます。 4番、これまでのスケジュールでございますが、令和3年度から設計に着手しまして令和5年度新校舎の工事着手、6年度末に校舎が竣工しまして利用開始、現在7年度は、外構・校庭の整備を行っているところでございまして、この夏に校庭の整備も終わるという予定でございます。 5番、その他のところにありますが、右上の外観写真にありますとおり、新中川に隣接する学校でございますので、校舎の敷地と新中川の間、スーパー堤防ということで、この秋から盛り土のほうを開始する予定でございます。 2点目、江戸川小学校と下鎌田東小学校の統合・改築についてということで、1番、両校の現状と課題ですが、江戸川小学校は築57年経過しております。下鎌田東小学校については築53年を経過した学校ということで、双方ともに50年を経過しておる学校でございますので、学校改築を考えていく必要のある学校でございます。 学校規模としましては、江戸川小学校は6学年で7学級しかございません。下鎌田東小学校は14学級ということでございまして、標準学級数を下回る規模の学校というふうになっております。 また、江戸川小学校につきましては、江戸川に隣接するスーパー堤防の区域に含まれる敷地でございます。 中段やや下に、主な内容ということで書かせていただいておりますが、統廃合を進めた中で、江戸川小学校の敷地を活用して新たな校舎の建設を予定しております。あわせて、スーパー堤防事業も整備をしていきたいというふうに考えております。 2番のスケジュールでございますが、今年度から設計に着手しまして、10年度に現下鎌田東小学校の校舎を活用しながら学校統合、そちらのほうで事業をスタートしまして、その後、江戸川小学校の既存校舎の解体、新たな校舎の建設をスタートしまして、13年度には新たな校舎での授業ができればということで計画しておるところでございます。

私からは、密集事業における公園の新設及び改修について報告をさせていただきます。 本区では現在9地区で密集住宅市街地整備促進事業によりまして、道路の拡幅や公園等の整備を図ることで、災害に強い安心・安全のまちづくりを進めているところでございます。昨年度、密集事業2地区で新設2か所、改修公園1か所で工事を行いまして、先月末に開園いたしましたので報告をさせていただきます。 お手元の資料のとおり、公園の場所、面積、概要についてお示しを申し上げまして、また写真についても添付しておりますので、お目通しいただければと思います。

次に、土木部、お願いいたします。
私から5点ほど報告させていただきます。 まず最初に、気候変動を踏まえた「荒川水系河川整備基本方針」の変更概要についてご説明します。 この基本方針につきましては、河川整備の長期的な方向性を示すものでございます。主な変更ポイントといたしましては、気候変動の影響から、基本高水の変更、基本高水量に対応した河川配分流量・洪水調整流量の変更、流域治水の取組み推進のため堤防強化・高台まちづくりの推進、広域避難等のソフト対策強化、雨水貯留施設設置等の推進ということになってございます。 それぞれ上流、中流、下流に分けたものを検討したということでございます。 2枚目は何回かお配りしていると思うのですが、本区を取り巻く状況ということになってございます。 3枚目に、荒川計画高水流量図という形で載せさせていただいています。基本高水のピーク流量というところが1万5,800に変更されておりまして、洪水調節池等による調節流量ということで、8,800立米ということで変更になったということの模式図でございます。 次に、「中川・綾瀬川流域水害対策計画」の策定についてということで、国土交通省のプレス発表の資料となりますけれども、この計画につきましては、令和7年3月26日に策定をされたということでございます。 中川・綾瀬川流域ではこれまでの度重なる浸水被害、気候変動に伴う水害の発生リスクの増大という新たな課題等を踏まえまして、これまでの治水対策を生かしながら、将来にわたって安全な流域を実現し、特定都市河川浸水被害対策法の法的枠組みを活用した流域治水を推進するために策定されたものとなっております。この中で影響があるのは、中川、綾瀬川を特定都市河川・流域に指定したということが主な内容になってございます。 次のページに、計画の表紙につきましてちょっと載せさせていただきまして、お時間のあるときにこのQRコードを生かして本編のほうをご覧いただければと思いますが、次に、目次のみをお配りをさせていただいた状況でございます。 最後に、計画策定までの流れにつきましては、令和6年3月29日から検討を始めて、令和7年3月26日の策定公表というところに至っています。 今後この計画に基づきまして、令和7年7月1日から雨水浸透阻害行為に対する規制の施行ということになってございます。具体的に申しますと、宅地開発等で今まで浸透してきた水を阻害するようなことになると貯留施設を造ったり、集水桝を浸透のものにしてもらうとかそういった制限がかかってくるというような状況でございます。 続いて、「災害に強い首都『東京』の形成に向けた高台まちづくり整備の基本的な考え方」の策定についてということでございます。 目的につきましては、この高台まちづくりを効果的に推進するための基本的な考えを示したものとなってございます。 策定内容につきましては、東京ゼロメートル地帯の災害リスク、避難計画の考え方を踏まえた高台まちづくり推進の考え方、浸水エリアにおける高台の不足状況の分析ということで、相対的に不足するエリアの抽出を行ってございます。 また、高台まちづくりの緊要性の高い場所の選定方針を定めたものでございます。定め方につきましては、右側のフローとなってございます。 公表につきましては、国交省のホームページに記載しておりましてURLを記載をさせていただいています。また東京都、区のほうでもリンクを貼っているということでございますので、こちらも時間があるときにご覧いただければと思います。 次のページに、策定の経緯につきまして載せたものを配布させていただいてございます。 それから四つ目でございますが、国道357号線の東京湾岸道路の河口橋の歩道橋についてということで、こちらの道路の荒川河口橋、海側のほうにありますが、歩道橋について、3月27日に開通をしました。 現在、山側の歩道橋と併せて歩行者、自転車の渡河が可能になりましたので、お知らせをさせていただいたという状況でございます。 最後に、第73回利根川水系連合・総合水防演習につきましてご報告させていただきます。 開催日時が5月17日(土)、9時半からということになっております。場所は栃木県宇都宮市の道場宿地先ということで、鬼怒川の左岸、柳田大橋の下流となってございます。9時半から開会式が始まりまして、各種訓練があり、12時過ぎに閉会という工程で行う予定になってございます。 実施の背景は、昭和22年のカスリーン台風による未曾有の被害を教訓として昭和27年から始められまして、国及び1都6県並びに開催市町村の主催によって、利根川水系の河川で行われているということでございます。 本区も参加を予定をしております。バス1台を借り上げまして、45名程度で参加をするということでございます。 建設委員の皆さんを中心に区議の方々にもご参加をいただくとともに、土木部、危機管理部等の若手職員と、今年度昇任した管理職も参加をする予定でございます。ご参加のほど、よろしくお願いいたします。
私のほうからは、令和7年度自転車用ヘルメットの購入補助についてご説明させていただきます。 これまで、自転車乗車時のヘルメット着用率を高めていくために、東京都による補助金を行って助成をしてきましたけれども、東京都の補助金は廃止になりましたが、区で補助金を継続してまいるということで予算を成立させていただきましたので、引き続き補助のほうをしていきます。 補助については、これまでと変わりなく1人1個最大2,000円までということで予定しております。 4月から受付開始しておりますので、どうぞご利用のほうをよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。ただいまの報告について、何かご質問ございますでしょうか。

1点目で、小学校の改築についてですが、この下小岩小学校と江戸川小、下鎌田東小学校、統合校について、都型のスーパー堤防と連携した整備ということでご説明いただきましたが、下小岩については秋から盛り土というご説明でしたが、いつ頃までに事業としては完了するのかの見通しと、それから江戸川小、下鎌田東小については、この下小岩と同じような施工方法というのですか、併せての整備ということなのですが、下小岩小についても、先に校舎ができて、これから堤防の盛り土をしていくというような形で、実態としては、別々のタイミングでの施工というふうになっているのですけれども、方法としては、今、下小岩については校舎とそれから新中川の堤防との間に廃道した区道があるというような状態ですけれども、江戸川小については同じような形態になっていくのか、その辺り確認させてください。
下小岩小につきましては、今は設計中ということで聞いておりますけれども、秋から1年半ぐらい圧密沈下を想定した形で、8年度末までの予定というふうに聞いております。 その後、環境部のほうで縦100メートル、幅13メートルの1,300平米でありますけれども、地域の方々に意見をお伺いしながら、桜であったり、もしくはベンチであったりというような整備をする予定になってございます。 江戸川小と下鎌田東小につきましては、今後、校舎の設計を踏まえた形でのスーパー堤防の整備の仕方というふうに考えておりまして、ただ、大きく異なるのは、下小岩のほうは区道を廃道しますけれども、江戸川小学校の前には東京都の特例都道が走っております。今も東部交通公園のほうは堤防の高さまで上げているというところで、東京都は堤防の高さまで上げたいというような形の整備を進めていくというように計画をしているような状況がございますので、道路を廃止するという計画ではございません。

下小岩のほうは、都の入札の不調などもあって、タイミングがずれてしまったというような経緯で伺っておりますけれども、新中川については、初めての都型のスーパー堤防ということになろうかと思いますので、その点でも着目をしております。 次に、荒川水系河川整備基本方針での変更点について、2枚目の資料で河道掘削による対応ということが図示されていますが、この位置関係でいいますと、小名木というところに書かれているのですけれども、位置関係としては、この地図で示されているような箇所において河道掘削をするという理解でよろしいでしょうか。
岩淵で7,000で小名木で7,800という形になってございますけれども、この差異は、下流の排水機場からこの荒川に排出されるというところを踏まえて、800増えております。現時点ですけれども、小名木川のところにつきましては十分なのですけれども、河川の断面があるということが国交省のほうで検証されていますので、そこを掘削することによってこの流量を飲み込めるということで、場所については小名木周辺ということは伺っていますけれども、細かいところは今後の設計という形でうたわれているというふうに認識しております。

お聞きしたい点については確認させていただきました。 最後、高台まちづくり整備の基本的な考え方についてですが、特に高台が不足している地域を相対的に抽出するというのですが、相対的といってもやはり東部低地帯の大半が高台不足地域というふうに出てきたわけですけれども、先ほども申し上げたような篠崎の都県橋のエリアというところが緊要性が高いというふうに判断をされているということでいいのか。そこの確認をさせてください。
緊要性が高いということは、少し見にくいのですが、1枚目の、高台が不足しているエリアの抽出というところに書かれているピンク色が、全てその不足している中で、今回、提案させていただいている篠崎の高台の部分に関しては、現在行っているところの連続性とか、そういったものを含めて考えておりますので、そちらについてももちろんこの中に含まれておるということから今回検討を始めるということで考えてございます。

今ご答弁の中で、今行っている事業との連続性というようなお話もされたかと思うのですけれども、やはりこの緊要性というときには、片や荒川沿川においては、国のほうでも江戸川区も入るような形で、ゼロメートル地帯の命を守る防災対策検討会、危機管理のマターだと思いますけれどもこういう検討をしていて、そちらのほうは荒川の堤防が決壊した場合、浸水時間をどれだけ短くできるかとか、排水についてとか、そういう検討をしているという点で、緊要性といったときには荒川沿川こそ緊要性が高いのではないかということを私たちは前からも指摘してまいりましたけれども、そういうところを改めて感じるところです。 それから、都県橋の整備も高台まちづくりの重要なポイントだというような例示もされていますけれども、この高台まちづくりの整備が進むことをもって、イコールで都県橋の整備も一体的に促進されるのかというと、橋は橋でまた別の要素がかなりあるのではないかという点で、この都県橋を理由にするというのも、必ずしもこれで理解を得ていくという点については、もう少し検証が必要ではないかなというふうに感じるところです。

他にないようでしたら、以上で執行部報告を終わります。 次に、その他について。
私から3月の委員会の議案審査の際に、31号議案の審査で、牧野委員からご質問いただいておりました新たに2項目追加されていることについてのご説明をさせていただきます。 新たに条例に追加した2項目につきましては、道路法施行令の第7条第8号に掲げる施設のうち地下に設けるもの、高速道路以外に設けるオープンカフェのような食事施設や購買施設があります。それが1個目。また、同じく第7条の第11号に掲げる応急仮設建築物、こちらは被災時の応急仮設住宅になりますけれども、こちら道路法の施行令が改正されたからということではなく、既にもう掲げられておりましたけれども、江戸川区に対象物件がなかったために区の条例には加えてなかったのですが、今回改めて条例を見直して、今後、将来的に対象物件が出てくる可能性があるというふうに判断させていただきまして、追加させていただきました。

牧野委員、よろしいですか。

前回の委員会の議案の内容ですけれども、確認をさせていただいてありがとうございます。 今の説明で経緯としては理解をいたしました。 その他で少しいいですか。

別件ということですね。どうぞ。

ありがとうございます。 1点目で、バス交通についてなのですが、都営バスが4月にダイヤ改正がありまして、昨年も都営バスでダイヤ改正があったところなのですけれども、この4月にも改正があったということで、一部路線廃止となるような路線もあるようですけれども、この江戸川区における影響というのですか、減便についてはどのような規模になっているか確認をさせてください。
都営バスのダイヤ改正ですけれども、4月1日と3月末に行われたものがあります。 4月1日のダイヤ改正については、大きなもので、上23、平井駅からこれは上野松坂屋に行っているものでございます。これが平日で3便減便となっています。ただ、便数としては、1日61便から58便の変更ですので、大きな影響はないものと考えています。そのほかについても少数のダイヤ改正が行われています。 大きな変更点としましては、3月30日に葛西駅から錦糸町駅まで、これ速達性があるFL01というものが廃止ではなく休止されたと聞いております。これは都内全域のバス路線の再編ということで見直しを行ったと聞いておりますが、私のほうでは、バスの運転手不足が影響があったものかと考えております。

再編というところと運転手不足ということだと思いますけれども、この短いスパンでダイヤ改正が続いているという点でまだまだ影響としては続くようにも感じるところです。区としても影響を把握しながら、積極的に事業者に働きかけるということも継続していただきたい。区民の利便性が減ることがないようにということでお願いしたいと思います。 それと、この間の分割発注事案について、前回少しやり取りさせていただいて、その範囲でお聞きできればと思うのですけれども、前回この建築基準法に適用できていなかった事例として、計画通知の手続きはされていなかったというふうにご答弁をいただいています。計画通知については、建築基準法の18条の特例として建築主事を置く特定行政庁で認められている、そういう手続きだというふうに理解をしておりますけれども、こういう理解でよろしいでしょうか。
委員の言うとおりとなってございます。

この計画通知、検査済証という扱いになるようですけれども、この計画通知については、過去にも、ほかの自治体ですけれども問題になったケースがあります。2011年には練馬区で公共の建物と、特に学校の建物において、この計画通知の手続きの大半が取られていなかったというようなことがあって、練馬区として当時、実態調査も行ったというような、そういう経過がありました。 それを受けて、国交省でも、全国的に公立学校を対象に絞ってサンプル調査を行ったというような、そういう経緯も当時ありました。 そういう点で、これまでは慣習的にこういう計画通知を省略するというようなことがある面ではよく行われていたのかもしれないですけれども、やはりこの機会に、こういう在り方について、当時も練馬区でも大きな問題になったと。練馬区では、建っていた建物を、安全性が確保できないということで建物を除却したという、そういう事例もあったぐらいの大きな出来事、そして何より子どもたちの安全という点では見過ごせない点であるというふうに考えますので、少なくとも今後というところで今確認をさせていただきたいのですけれども、この平井東小だけではないというふうに言う人もいますけれども、ここで計画通知の手続きがなされていなかった、建築基準法に定められた手続きが取られていなかった。今とか今後については計画通知の手続きについては確実に行われている、そして今後行っていくということでいいのかどうか、その確認をさせてください。
建築行政の立場としましては、当然に必要な手続きについて行っていただくということで、区内で連携を取ってまいりたいというふうに考えております。

必要な手続きであると、それを確実に行っていただくと。おっしゃるとおりだと思うのですけれども、それがこれまでおろそかにされていたということが今回の大きな問題です。今朝の東京新聞では報道がありました。見積書の筆跡が同じものがあったというようなことが今朝の新聞でも報道があって、やはりこの事案について検証委員会も設けられていますけれども、検証委員会の内容というのも一部非公開になったりということで、どこまで検証されるかという点で懸念を持っています。 前回も指摘しておりますけれども、やはりこの建物の安全性、子どもたちの安全という点で、契約のことももちろん問題ですけれども、建物の安全性というところで、私たちは問題意識を持っていますし、区としてもあったことについては、確実に情報公開をしていただくということを求めたいというふうに思います。

それでは、次回の委員会ですが、5月12日(月)、午前10時を予定しております。今年度の建設委員会における審査・調査経過概要の確認を行いますので、よろしくお願いをいたします。 以上で、本日の建設委員会を閉会いたします。 (午前11時16分 閉会)